2002年から2012年にかけて「ベツコミ」で連載された「僕等がいた」は、小畑友紀先生の代表作です。
この物語は、まっすぐで不器用な高橋七美と、過去に傷を抱えた矢野元晴の「すれ違いと再会」を描いた長編ラブストーリー。「青春ものかな?」と思いきや、そこには、喪失、罪悪感といった、静かに心を揺さぶるテーマがあります。
純粋だった10代の恋が、大人になる過程でどう変わっていくのか。誰かを思い続けることの苦しさと、温かさ。
この記事では、全16巻のストーリーをネタバレありで振り返りながら、七美と矢野の「あの日から続く気持ち」をたどっていきます。

ぜひ最後までお付き合いください
ネタバレ注意!「僕等がいた」全16巻のあらすじまとめ
北海道の高校で出会った七美と矢野。二人は、すれ違いを繰り返しながらも少しずつ惹かれ合っていきます。
別れや後悔、そして再会。決して順風満帆とは言えなかった二人の関係がどう変化していったのか、全16巻のストーリーを、印象的なエピソードとともに振り返っていきます。
出会いは最悪?でもなぜか気になる存在
高校生になったばかりの七美。友達と作ろうと、隣の席の山本と仲良くなろうと歩み寄りますが、塩対応…。「友達作り、出遅れたかな…」と感じていましたが、どうにか話せる友達ができました。
その友達の話で、同じクラスの「矢野」の存在を知ります。なんと、中学のときにクラスの3分の2が好きになったことがあるという噂まで。
矢野と関わるようになった七美。わざと友達の名前を間違えて教えられたり、テストの点数をネタに弱みをにぎられたり、いじわるばかりする矢野に怒ってばかりでしたが、いざというときには助けてくれる矢野に、惹かれていく気持ちをごまかすことができませんでした。
遠足に行ったときに体調を崩した山本を、迷いなく助ける矢野。元同じ中学とはいえ、山本との距離感に少し違和感が芽生えるのでした。
「悩みって、生きてる人間の特権だよね」矢野はときどき意味深な発言をします。そんな矢野の過去を、矢野の友人である竹内から聞きます。矢野は中学時代山本の姉・奈々と付き合っていたこと、その奈々が事故で亡くなっていたこと。しかも、前の男の車に乗っていた時の事故だったと知りました。
そのせいか、矢野は奈々の死を素直に悲しめておらず、憎しみを抱いているように見えました。
母親が未婚で自分を生んだことや、奈々との別れ方によって、人に対しての信頼を失っているようにも感じていました。そんな矢野に対し、七美は「好きだった人がいなくなったのは悲しいけど、好きでいてくれる人がいるからプラマイゼロなんじゃないかな」と励まします。七美の言葉が、少しずつ矢野の心に届いていくのでした。
試される恋心、すれ違いながらも近づく二人
七美が自分に好意があると知った矢野は、試すように冷たくするなど、あまのじゃくな態度を取ります。そのたびに、怒ったり悲しんだりしながらも、七美は矢野を放っておけないのです。そんな七美に対し、矢野も少しずつ心を開いていき、学祭の後夜祭で矢野は思いを告げるのでした。
晴れて彼女になった七美。なんだか矢野の態度がこれまでと違うと感じていました。でも、違ったのは矢野ではなく「友達」から「彼女」になったこと。七美の立ち位置だったのです。
ラブラブな日々に見える二人でしたが、七美の気持ちが何度も揺らいでしまいます。それは、矢野がすべてを話してくれていない、と七美が感じてしまっていたから。「もし奈々が生きていたら、自分は選ばれていないんじゃないか…」そんな不安が、言葉や態度になってしまうのでした。
ある日の海デートで「(奈々に)生きて帰ってきてほしい」と言う矢野の姿を見た七美は「自分には矢野を幸せにできない」と悟り、別れを決意。
七美は距離を置くと決めましたが、矢野は違いました。むしろ、今は矢野の方が七美を必要としているようでした。
七美は、矢野から奈々の話を聞き、自分の中で整理ができたらまた向き合おうと決意し「本当に大事な人とは一人ずつしか出会わない」という矢野の言葉を信じてみることにするのでした。
かつて大切な人を失った矢野。「もう大事な人を失いたくない」「ずっとそばにいてほしい」と願う矢野が、切ないです。
そして17歳のあの頃は、今がすべて。
本当に「永遠に一緒にいられる」気持ちになるのもわかる気がするのです。
交わした約束、でも時は止まってくれなかった
大事なデートの日に、矢野は来ません。それは、山本の母が倒れたことを知った矢野が、付き添っていたからでした。「それは矢野が行かなきゃだめなの?」と裏切られた気分になる七美。急いで七美のもとに向かう矢野でしたが、受けいれてもらえず、ぎくしゃくするようになってしまいます。
その頃、矢野の母は矢野の養父である夫と離婚をし、東京で働こうとしていることが発覚します。矢野がもしついていったら、遠距離は確定。矢野は残るつもりでいましたが、母から経済状況などを聞いて迷い始めます。七美は「行ってもいいよ」と、迷う矢野を後押し。自分も東京の大学を志望しているし、自分の進みたい道が矢野と交わればそれでいい、と。
母を放っておけなくなった矢野は、転校を決めました。「高橋に出会って、プラマイプラになったよ」と、二人は涙ながらに別れます。卒業後、東京で会えることを願って。しかし、その約束が果たされることはなかったのです…
少年が抱えるには重すぎた「現実」
時は流れ、七美と竹内は上京し、東京の大学に通います。就活に追われるなど、忙しい日々を送ります。曖昧な関係だった七美と竹内。就職を前に、恋人としてともに過ごすことを決めます。一方、矢野とは別れの日以来、再会できないままでした。しばらくはメールや電話のやり取りをしていましたが、連絡が途絶えてしまいました。
でも、矢野には七美たちが知らない「現実」があったのです。
東京の高校に転入した矢野には、様々な試練が訪れました。母ひとりの経済力だけでは生活が厳しく、アルバイトを始めます。電話代を節約するため、七美の声もわずかしか聞くことができませんでした。一緒に東京の大学に進学しようと話していたので、アルバイトをしていることも言えません。会いに行きたいのに、それも叶わず、孤独な日々を過ごしていました。
人の痛みに敏感で、困っている人を見過ごせない矢野。必要以上に背負いこみ、自分自身が潰れてしまう危うさもありました。でも、そんな矢野を支えてくれる友人もいました。特に、クラスメイトの千見寺(せんげんじ)は矢野に好意をもちつつ、あくまで同級生として支えようと精一杯関わります。
それでもどうにもならないことが起きました。矢野の母親が亡くなってしまったのです。
働きながら体調不良を抱えていた母の病気が発覚してからは、矢野はこれまで以上に献身的に母親を支えていました。でも「自分が病気で伏せている間に、矢野が誰かに奪われるんじゃないか」と不安定になっていく母。ある日、七美に会いに行こうとして、ちょっとした口論になった翌日、自ら命を絶ってしまいます。
誰かを支えたい気持ちが強く、そのとき自分にできることをしてきた矢野。東京にきたのも、母親を支える意思があってのことでした。それでも現実は厳しく、様々なものを失ってしまいます。矢野は自分を責め、七美との約束も果たせなくなってしまったのでした。
突然の引っ越しで大切な人と離れなければならなかったり、守りたい存在だった元恋人や母親を失ってしまったり。18歳の少年が抱えるにはあまりにも重すぎる現実に、胸が苦しくなります。
すべて受け入れた二人がした選択
就職し、七美は矢野の元同級生の千見寺に出会います。「矢野と連絡が取れなくなった」共通点がある二人は、ともに「今の矢野」に思いを馳せます。そんなとき、ある仕事で千見寺が矢野と再会します。矢野の居場所がわかった千見寺は、会いに行くよう七美を説得。
「元気ならよかった」と思う反面、「今さら感」や「竹内の存在」もあり、決心できない七美。何より「矢野が会いたいなら会いにくるはず」という思いが邪魔します。そして、読者は衝撃の事実を目にします。矢野は、山本と同居している場面が描かれているのです。
でも、恋人関係になっているわけではありませんでした。矢野曰く、山本は「ひとりで泳げない人」で、七美は「ひとりで泳げる人」。一人では生きていけない山本を支えるために、一緒にいることを選んだのです。矢野もまた、「人を支えること」で自分自身の存在意義を見出していました。
矢野がそう思っていただけで、今の七美は「ひとりで泳げている」わけではなかったんですよね。
竹内から受けたプロポーズを、七美は断ります。竹内とともに生きていき、今も心にいる矢野に決別しようとしたのに、口から出たのは「ごめんなさい」の言葉。そして、矢野と再会することを決意します。でもそれは「ちゃんと終わらせる」目的のためでした。
久しぶりに会った矢野はあっけらかんとしていて、5年という月日を感じさせないほどでした。でも、二人は確かにあの頃のような関係ではないのです。「5年も経てば気持ちも変わる」という矢野の言葉に対し「キレイに終わろう」と告げ、二人は別れます。
読者からしたら、5年経ってもお互いに思い合っているのに「どうして素直にならないの…」ともどかしい気持ちでいっぱいです。
矢野は竹内とも再会し、かつてのようにくだらない話で笑い合います。そのなかで矢野は、七美と過ごした日々が自分にとってどれほど幸せだったかを静かに語りました。竹内は、その矢野の微笑みを見て、「このままではいけない」と確信し、矢野に会うよう七美の背中を押します。
一方で、矢野は山本から事実を明かされます。奈々は、自分の意思で元カレに会いに行き、「別れを告げるため」に車に乗ったのだと。そしてそれは、矢野を守るための行動だったと知ったのです。
自分が大事に思っていた人が、同じように自分のことも大事に思ってくれていたことを知り、矢野の心が少しずつほどけていきます。矢野はようやく、自分を縛っていた過去に別れを告げられるようになりました。山本と互いに寄りかかり合うような関係にも終止符をうち、七美と向き合う覚悟をするのです。
友人の結婚式に参列するため、地元に帰った七美。そこには矢野もいます。二人が出会った場所で、矢野は「家族になってください」と告げ、何度もすれ違った二人は、生涯ともに生きることを決めました。
まとめ|不器用だけど純粋な二人の物語
全16巻のあらすじを振り返ってきました。少女漫画と呼ぶには、少し重たく、暗い展開が多いかもしれません。それぞれの過去、事情を抱えながら、何度もすれ違う二人。
「少女漫画だし、最終的には結ばれるだろう」と信じたい一方で、「もしかして、悲しい結末なのでは」と不安になるほど切ないシーンも描かれています。
実写映画化やアニメ化もしている「僕等がいた」。大人になって読むと、見えてくる感情やテーマがきっとあるはずです。当時読んでいた方も、初めて読む方も、ぜひ手に取ってみてくださいね。